辞書・検索サイト
 武舎(むしゃ)広幸
DictJuggler.netの バージョンアップ

 
 この『翻訳通信』の配信者の山岡さんと、同じく翻訳家の藤本直氏のご協力を得て、文章に携わる人のための辞書・検索サイトDictJuggler(ディクトジャグ ラー).net(http: //www.dictjuggler.net/)の運営を開始して早くも3年を超えた(サイト開設の経緯については『翻訳通信』 の2007年4月号に詳しい)。

 DictJuggler.net(以下DJ.net)のひとつの役割は、辞書データの提供だ。オープン当時は山岡さんの『翻訳訳語辞典』と藤本直氏の 『類語玉手箱』のふたつの辞書だけだったが、その後山岡さんの『経済・金融訳語辞典』と、環境問題翻訳チーム・ガイアの『環境訳語辞典』が加わり、合計4 種類の辞書データを公開している。いずれの辞書も翻訳者の方々が、翻訳作業の合間に時間をかけて作られた力作だ。

 もうひとつDJ.netの役割がある。それは、文章に携わる人、とくに翻訳者の調べ物を便利にすることだ。翻訳者の方々はご存じだと思うが、どの分野の 翻訳をするときにも調査は欠かせない。私たちが駆け出しの頃は図書館通いが必須だったが、今ではインターネットが以前の図書館の役目(の多くの部分)を果 たしてくれるのでだいぶ楽になった。

 だいぶ楽にはなったけれども、面倒ではある。何が面倒かといって、いろいろなサイトにあたらなければならないことだ。翻訳者以外の方もお読みだろうか ら、もう少し詳しくご説明しよう。

 たとえば、英日翻訳をする場合ならば、英和辞典は必須だ。ただし、ひとつの辞書(サイト)では済まないことも多い。英辞郎 on the WEBは登録単語数が多く、例文なども豊富なので、先ずあたるのには便利なのだが、結構間違いがあるし基本的な単語の重要な意味が抜けていたり文法的な事 柄の確認ができなかったりして、残念ながら今ひとつ信頼感に乏しい。そこで、Yahoo!辞書などのお世話にもならなければならない。

 細かいニュアンスになると英和辞典では足りなくて、英英辞典が必要になる。私はiPhone用のアプリもあるDictionary.comをよく 使うが、場合によってはMerriam-Websterに もお伺いを立てる。

 時には辞書に載っていない単語が使われることもある。昔だったら専門書をあたるところだろうが、今はGoogleなどの検索エンジンという強い味方がい る。書籍に載っているような単語ならば、ネットで使われていないことはまずないので、訳語は見つからなくても、意味は検討がつくぐらいの情報が得られる。

 訳語を検討する段階になると、とくに基本的な単語の訳に悩んだときにはDJ.netで公開中の『翻訳訳語辞典』を引く。「もうちょっと別の表現があった ような気がするのだけれど」という時はこれまたDJ.netで公開中の『類語玉手箱』が欠かせない。

 自分の書いた単語が意味的におかしくないかチェックするには国語辞典を見る必要があるし、「この表現は一般に使われているのだろうか」と疑問がわけば (表現を"…"で挟んで)Googleで使用例を検索してみる必要がある。何万件もヒットすれば、自分の思い込みでないことが明らかになるので、使ってよ い表現である確率はぐっと高くなる。

 私が行うことが多いコンピューターソフトウェア関連の翻訳では、実際にウェブページやプログラムを作って試してみなければならないことが多い。このた め、ウェブページを作るのに使うHTMLやCSSのリファレンスを見たり、PHP、JavaScript、Java、C++、…といったプログラミング言 語の「オブジェクト」や「関数」の一覧を検索できるサイトのお世話になることも多い。

 ややこしいのは、さまざまな検索がランダムな順序で行われることだ。たとえば英日翻訳作業では、英和辞典で英単語の意味を調べながら、『翻訳訳語辞典』 で日本語の訳語を捜し、もっとピッタリくる表現がないか『類語玉手箱』にもあたる。さらに勘違いをしていないか内容を検証するために専門分野のウェブペー ジを検索する。見つかったサイトが英語で書かれていてわからない単語が出てきたので、さらに英和辞典を引く。ところが、ピッタリした意味が見つからないの で英英辞典にあたる。それでも、意味がよくわからないので、さらにGoogleで使用例を確かめてみるといった具合に、辞書サイトをあちこちハシゴしなけ ればならない。

DictJuggler.netの 新バージョン
 こういった複数のサイトでの調査を簡単にするというのが、この『翻訳通信』の100号記念のお祝いに合わせてβ版(ほぼ完成版)を公開したDJ.net の今回のバージョンアップの目玉だ。

 複数の辞書を一度に引きたいという願望は翻訳者に共通だと思うが、問題は人によって引きたい辞書が異なることだ。翻訳対象の分野によっても違うし、好み によっても違うだろう。

 理想は、その人の置かれた状況を判断し、入力された語句に対して自動的に辞書を選択して欲しい情報を提供してくれることだ。検索対象の語句にはいろいろ な属性が付いている。その属性を頼りに、この辞書を引いてあげたら喜びそうだと判断できる場合も少なくはないはずだ。

 大雑把に考えれば、英日翻訳をしていて英語の単語が入力されたら、英和辞典か『翻訳訳語辞典』を引きたい確率はかなり高そうだ。日本語の単語が入力され たら国語辞典か『類語玉手箱』が多いだろうか。ただ、英語の場合でも英英辞典が引きたかったりWikipediaを引きたかったりする場合もあるだろう し、日本語でもGoogle検索をしたいのかもしれない、といった具合で、何をしたいのかを高い確率で当てるのは容易ではない。

 そこでDJ.netの新バージョンでは、どれかひとつに絞ることはせずに複数の辞書を一度に引いてしまうことにした。英単語が入力されたら、英和辞典も 『翻訳訳語辞典』もGoogleも検索してしまう。日本語が入力されたら、国語辞典も『類語玉手箱』もGoogleも検索してしまう。いわば、「下手な鉄 砲も数打ちゃ当たる」式の解決策だ。インターネットの混雑を助長するような解決策で少し申し訳ないが、質の高い翻訳のためにはご勘弁いただきたい(違法 ムービーをバンバン複写するのに比べたら、はるかに罪は軽い?)。

 また、翻訳対象(作業)が異なると引きたい辞書も変わるだろうから、作業ごとに検索する辞書(サイト)を分けることにした。現在は「英日翻訳」「日英翻 訳」「経済分野」「環境分野」「日本語原稿執筆」「英語原稿執筆」の6分野だ。「経済分野」と「環境分野」が特別に設けられているのは、DJ.netに 『経済・金融訳語辞典』と『環境訳語辞典』がすでにあるので、これを優先してのことだ。

 たとえば、「英日翻訳」を選択すると以下の辞書(サイト)が一斉に検索されて、その結果が表示される。

●英数字や記号からなる語句が入力されたとき
・翻訳訳語辞典
・英辞郎 on the WEB
・Google検索
・英英辞典(Dictionary.com)

●日本語を含む語句が入力されたとき
・類語玉手箱
・Yahoo!の国語辞典
・Google検索

 日英翻訳の場合は次のように変わる。

●英数字や記号からなる語句が入力されたとき
・翻訳訳語辞典
・英辞郎 on the WEB
・英英辞典(Dictionary.com)
・Google検索

●日本語を含む語句が入力されたとき
・翻訳訳語辞典
・英辞郎 on the WEB
・Yahoo!辞書・日英
・Google検索

 なお、どの辞書を表示すればよいのかは皆さんのご意見などを参考に変更する可能性があるので悪しからず。上記は2010年9月末現在のものだ。

 辞書の種類や順番が「私の好みではない」という方のために「お好み」という選択肢も用意した。「お好み」のページでは、自分のよく使う辞書(サイト)を あらかじめ選択しておいて、最高10個の辞書の一括検索ができる。そして、検索対象が英語の場合と、日本語の場合を分けて指定できる。選べる辞書は、今の ところはこちらが用意したものだけだが、ひと通りのものは揃っている。

 ウィンドウのレイアウトも変えることができる。大きめのモニタを使っている方は、トップメニューの「設定」で「画面の横幅が広いとき、ふたつの辞書を横 に並べて表示する」を「YES」に設定すると便利だろう。また、各辞書の縦幅(高さ)も変更できるのでお好みの高さを設定されたい。

その他の改良点
 ここまでは今回のバージョンアップの目玉である、複数辞書一括検索機能をご紹介したが、この他にも以下のような改良を施した。
 
 そのひとつめが小窓版DictJuggler Miniだ。以前からマッキントッシュの「ダッシュボード版」を公開していて、アップルのメルマガで紹介されたり、『DVD付きフリーウェアセレクショ ン』といった書籍にも何度か掲載された便利な小物だ。ちょっと知恵を絞って、普通のブラウザでも使えるようにした(それほど時間をかけずにできてしまった ので、もっと早く知恵を絞ればよかったのだが、自分ではマッキントッシュ版が使えたので真剣に考えなかった。意識をしないとなかなか気がつかない)。

 小さな窓に語句を入力して、辞書を指定して検索すると、検索結果がブラウザウィンドウに表示される。本格的な翻訳作業には、DJ.net本体のページが 便利かと思うが、そのほかの作業には「小窓版」のほうがお役に立つかもしれない。

 もうひとつはiPhone用ページの公開だ。iPhoneでDJ.netの トップページにアクセスしていただければ自動的にiPhone用のページに移動する。「小窓版」と同じように、いろいろな辞書に簡単にアクセスできるので お試しいただければ幸いだ。

 最後にもうひとつ、これはじつは1年ほど前から公開していたのだが、これを機会に書籍検索のAmazonJugglerもあらためてご紹介しておこう。 トップページから「書籍検索」を選択すれば使える。自分の翻訳した本のAmazonのランクやレビューをチェックするのにとても便利なページだ。洋書につ いて、日本と米国のAmazonの両方でランキングやレビューを一度に見ることもできる。編集者の方には、自社の本のランキングが簡単に見られる機能がお すすめ。どなたも一度お試しあれ。

お願い
 先日開かれた『翻訳通信』の100号記念パーティの際にいろいろな方から辞書サイトや辞書の使い方を教えていただいて、とても参考になった。そのいくつ かはDJ.netでも採用させていただいた。

 ご自身がお使いの辞書サイトや検索サイトがまだDJ.netで使えなかったら、あるいは「こんな機能が欲しい」といったご希望をお持ちなら、ご連絡いた だけるとありがたい。技術的に難しいものもあるが、DJ.netに追加可能なサイトは多いし、難しいかと思える機能も案外簡単に実現できてしまうこともあ る。改善点のご提案は大歓迎。できるだけ迅速に対処するので、ご連絡願えるとありがたい(ないようには努めているが、もし見つかったら不具合のご指摘もお 待ちしている)。他人からのプレッシャーが私を含む多くの開発者の最強の「開発エンジン」なのである。



 サイト開設からの3年余の間に私生活にもさまざまな変化があった。田舎に住む父は「元気の塊」のような人だったが卆寿を迎えさすがに足下もふらつくよう になってしまった。母は認知症になって介護施設に入所。義父は3年前に他界し、残された義母は我が家から徒歩5分の介護施設に入所。こんな状況になると 「俺たちも先はあまり長くないなあ」と、身にしみて感じるようになる。同じ人生ならば、皆さんのお役に立つものを残して旅立てたらと思う。 DictJuggler.netがそんなものになってくれれば、望外の幸せである。
(2010年10月号)