辞書評論
津森優子
翻訳
者にとって使い勝手のいい類語辞典 藤本直編著『類語玉手箱』
英和辞典の訳語に満足できず、かといって自分ではぴったりの訳語が思いつかないとき、類語辞典を引く。
本誌2003年3月号で山岡洋一氏が講談社の『類語大辞典』を取り上げ、いままでで一番の類語辞典ながら、なかなか思うように役立ってはくれないと述べ
ている。類語辞典は引いて失望することが多く、『類語大辞典』では失望する頻度がわずかに下がった程度だというのだ。私は角川書店の『類語新辞典』を使っ
ていたが、ぴったりする語が見つかることはまれで、がっかりすることのほうが多かったので、大いにうなずいてしまった。
2003年9月には、大修館書店から『日本語大シソーラス―類語検索大辞典―』という大部の類語辞典が出た。32万語句収録のこの辞典、広辞苑並みの厚
さと大きさで、定価は1万5千円(税抜)。7万9千項目収録の講談社の『類語大辞典』でも片手では容易に持てないサイズなのに、それを上まわる重量感だ。
もっとスペースを取らなくて、気軽に引けて、あまりがっかりしない類語辞典はないだろうか、と思っていたところ、CD-ROM版の類語辞典があることを
知った。ノンフィクションを多く手がける翻訳者の藤本直氏が30年かけてつくりあげた『類語玉手箱』で、収録語句数は40万と、『日本語大シソーラス』を
しのいでいる。CD-ROM一枚なので、もちろんスペースは取らないし(ハードディスクにダウンロードしても容量をほとんど取らない)、値段も4500円
とお手頃。さっそく購入してみた。
これが実に使い勝手がいい。仕組みは簡単で、ウィンドウズのエクセル・ファイル形式だ。最初の列に見出し語が並び、隣の列に類語が羅列されており、エク
セルソフトの検索機能を活用して、目当ての語句を検索する。ちょっと思いたったらショートカットのアイコンから立ち上げて、語を入力し、検索ボタンをク
リックするだけ。
角川でも講談社でも大修館でも、ある特定の語の類語を調べるには、2段階を経なければならない。まず索引をめくって語を探し、そこに出ている分類番号の
ページをめくる。「寂しい」など、さまざまな意味の側面を持つ語を調べると、分類番号もいくつか出ていて、目当ての意味にあたるまでめくり続けなければな
らない。そのあげくにぴったりの類語が見つからないと失望感は大きいし、それだけ手間をかけているうちに、どんなニュアンスの言葉がほしいのか忘れてしま
いかねない始末。それが『類語玉手箱』なら、席を立つ必要もなく、すぐに検索できてしまう。
たとえば「寂しい」を検索すると、その類語は意味の側面ごとに分類され、5段にわたって羅列されている。まず「家族・仲間などがなく寂しい」の項に「淋
しい・さみしい・(天涯)孤独・寄る辺のない(身の上)・独りぼっちの・わびしい」など17語句。「様子・情景などが寂しい」の項には「寒々とした・廃
(すた)れたような・さびれた」など16語句。ほかには「暖かさ・助け合いなどがなく寂しい」「人間存在・生きることなどが寂しい」「姿・音色などが寂し
い」の項があり、さまざまな類語が一度に見渡せる。
分類のおかげで望むニュアンスの語句にたどりつきやすいし、ぴったりの語句が見つからなくても、たくさんの類語を眺めているうちに様々な発想が得られる
ので、いい表現が思い浮かんだりする。引くのに手間がかからない分、そうした余裕も生まれ、引いてみてがっかりすることはずいぶん減った。
翻訳者が編集しただけあって、翻訳者にとって使いやすいつくりになっているのかもしれない。実際に訳していて使える語句が多いし、用例や意味解説は基本
的に載っていないものの、「寄る辺ない(身の上)」「ぽつんと(立つ)」「(胸に)ポッカリ穴があいたような」のように最小限の形で用例が織り込まれてい
てありがたい。
この手軽さ、内容の充実ぶりから、いまではほとんどこれしか類語辞典を引かなくなった。簡単なエクセル・ファイルなので、載っていない語句を自分なりに足
していくことだってできる。『類語玉手箱』は翻訳者にとって使いやすく、本当に役立つ類語辞典だ。
『類語玉手箱』はインターネットを通じて個人販売されている。詳しくは以下のホームページ参照。
http://homepage3.nifty.com/hagihori/