辞書評論

類語辞典の決定版 - 『類語大辞典』

山岡洋一

  英語の場合は、シソーラスが発達しているが、日本の類語辞典はおどろくほど数が少なく、貧弱でもある。ところが翻訳という仕事の性格上、類語辞典はかなり頻繁に使う。手の届く範囲に4種類をおいてあり、国語辞典と変わらぬほどよく使う。だが、役立っているとは言いがたい。ひいてみて失望する頻度がもっとも高いのが類語辞典だといえるほどである。

 そういうわけで、昨年後半に講談社の『類語大辞典』がでたとき、大きな期待をもってすぐに買った。なにしろ、はじめての「大辞典」なのだから。しばらく使ってみて気づいた点をいくつか記しておこう。

 まず、ほかの類語辞典をほとんど使わなくなった。何度もひいてみて、これがいちばんだという印象を受けたからだ。語数が多いことが最大の利点だ。だが、失望する頻度はわずかに下がった程度だと思う。要するに、どれもあまり役立たないなかで、いちばんましな類語辞典だという印象なのだ。

 なぜ役立つ頻度が低いのか。最大の理由は分類型であることではないかと思う。日本語を99のカテゴリー、1450の小分類に分けて、それぞれに入る語を品詞などで分類して並べてある。

 たとえば分類番号3701「戦う」には、分類aの「動詞の類」から分類xの「名詞の類:トキ」まで26に分けて、9ページにわたって語が並んでいる。分類s「名詞の類:ヒト」の45に「水兵」がある。その前後をみると「陸兵?輜重兵?水兵?海兵?騎兵」だ。たしかに、「水兵」の類語が並んでいるが、「役割・所属などからみた兵」という見出し通りの観点からの類語にすぎない。「兵」を共通項にする類語しかないのだ。「水」や「海」を共通項にする同義語、たとえば「船乗り」はない。「船乗り」は6313「乗る」の分類s「名詞の類:ヒト」のうち「船に乗る人」のなかにあるが、そこには「船方」や「水夫」はあるが、「水兵」はない。

 このように、分類型の類語辞典には、使い手が考えているとおりの共通項で類語が並んでいるとはかぎらないという問題がある。だから、非分類型の類語辞典、つまり、国語辞典の各項目にそれぞれ類語や同義語、反対語、関連する諺や決まり文句などを並べたものも同時に必要なのだと思う。その点で面白いのは『類語の辞典』(講談社学術文庫)だが、これは明治42年初版というので、収録されている語がほとんど使えないという難点がある。

 講談社の『類語大辞典』は現段階ではこれしかないといえるほどの決定版である。だが、なかなか思うように役立ってはくれない辞書なのだ。もうひとつ、決定版がでてほしいと願っている。