モンゴル通信
北村彰秀
モンゴルの翻訳 事情(1)――いたるところにある翻訳サービス・センター
 
 モンゴルの首都ウランバートルの町の中を歩いてみて、まず驚かされるのは、いたるところに翻訳サービス・センター(仮にこう呼ぶことにする)があること である。場所としては日本で言えば、コンビニや飲食店のあるようなところに位置している。すなわち、大通りに面したところ、あるいは人通りの多いところ で、小さい建物の一角、そして大体は1階である。大きいビルの中の一室を借りてやっているという例はほとんどない。最低限机と椅子が1つずつあれば仕事可 能なため、占めるスペースは一般にごくわずかである。看板がないと人も来ず、仕事にならないので、「翻訳サービス」の看板は必ず出している。どのような言 語に対応できるかはっきり書かれていることもあるが、それはむしろまれであり、対応言語や対応分野(機械関係、法律関係、医学関係等々)は全く書かれてい ないのが普通である。そして何か翻訳をしてもらいたい場合にはその文書を持参し、そこにいる人物(事務員か翻訳者かわからないが)と交渉をすることにな る。
 普通の翻訳以外に、その場で口頭翻訳をしてくれるところもある。客は翻訳の必要な箇所を指摘し、翻訳者はそれを口頭で翻訳する。そして客はそれを書き留 めるということになる。ただし口頭翻訳のためには、少なくとも人が2人座れるスペースが必要であることは言うまでもない。快適な仕事をするためにはかなり のスペースが必要になる。
 もちろん翻訳サービス・センターや口頭翻訳のサービスはモンゴルに限らず、日本や欧米にもあるし、そして恐らく世界中にあると思うが、人口あたりの数は あまり多くはないと思う。そしてこれほど看板が目に付く所も他にはないのではないかと思う。
 モンゴル、特にウランバートルでこのようなサービス・センターが非常に多いのは、恐らくモンゴルという国の事情によるものであろうと思う。まず第一に、 大陸の中にある国であるため、北のロシア、南の中国との関係が深い。次に人口も少なく、工業もあまり盛んでないため、輸入品が非常に多い。パンやお菓子、 麺類、簡単な文房具等は自国で生産できるが、多少複雑なものになると、自国で工場を作って生産するよりも、輸入した方がはるかに効率が良い。輸入品も、例 えばインスタントラーメンや衣服などは説明書を読まなくともほとんど支障ないが、料理に使う食材、薬品、電気器具等は、説明書が読めないとラチがあかな い。また、対外的な仕事をする際には、外国語の文書を読むことも必要になる。
 また、翻訳が収入になるということも見落とせない事実である。事務所費はかなり少なくて済むし、学生アルバイトを使うことも可能である。ただし、翻訳の 質となるとあまり期待できない。露蒙辞典の語数が大体5万語なので、それ以外の辞書となると、3万語、2万語という場合もある。そのことから、翻訳の質も おして知るべしである。質の高い翻訳が必要であれば、有能な人物に個人的に交渉した方がよい。
 一般に、ロシア語なら何とか読めるという人は多い。最近では英語のできる人もふえてきている。それ以外の言語は、やはり翻訳が必要という場合が多い。言 語名をあげると、中国語、ドイツ語、Korean、日本語、チェコ語等に接する機会が多いと思う。(スーパーでも韓国やチェコの食材が、モンゴル語の説明 なしに売られている。)ただし、翻訳の必要が生じても、みんながサービス・センターを利用するわけではない。知人、友人に頼む人も多いし、また、チェコ語 などは、ロシア語に非常に近いので、料理に関する簡単な表現であれば、推測が可能である。
 翻訳サービス・センターは実際の翻訳以外にもう1つやってくれることがある。それは翻訳証明である。すなわち、英語であれ何語であれ、そのモンゴル語訳 の内容が、原文と同じであるか判断し、ハンコを押してくれる。わたしたちも日本語で書かれた書類のモンゴル語訳を官公庁等に提出する場合、ハンコが必要な ため時々お世話になっている。
 なお、モンゴルはあまり秘密厳守の国ではない。必要な場合には他の人の個人的な書類を見せてくれるようなこともある。このようなことは心得ておかなけれ ばいけないであろう。

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