『スペンドシフト〜〈希望〉をもたらす消費』のご紹介
有賀裕子
危機後をどう生きるか――地域の再生に向けて

被災地の映像を見て現地の復興を願わずにはいられないのはわたしだけではないだろう。そして原発事故。現地の自治体は、地域社会を何とか支えようとして原 発の誘致に踏み切ったのだという。

以前から過疎化や税収減に悩む地域は少なくなかった。しかし、大震災後の今ほど「地域再生」というテーマが重い響きを持つ時はない。

地域社会はわたしたちにとってかけがえのないものだ。その再生は、わたしたちの生き方、お金の使い方(消費)にかかっている。
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『スペンドシフト〜〈希望〉をもたらす消費』(7月にプレジデント社から拙訳で刊行予定*)の原書はJohn Gerzema & Michael D’Antonio, Spend Shift―How the Post-Crisis Values Revolution is Changing the Way We Buy, Sell, and Live(Jossey-Bass, 2010)である。初めて紹介された時、タイトルと副題をひと目見て興味を引かれた。もちろん、当時は日本を大震災が襲うとは想像もしていなかったが、不 景気の影響は日々実感していた。

 ここでいうcrisis(危機)とは直接的には金融危機とそれを引き金にした不況を指している。ただし、これはただの不況ではなく(本書では「大不況 (Great Recession)」と呼んでいる)、アメリカ社会にとって大恐慌、第2次世界大戦と並ぶほどの深刻な危機だった。このため過去30年におよぶ消費や生 活のトレンドについに終止符が打たれ、劇的な変化が起きているという。借金による消費が影を潜め、「消費をとおして自分の理念に合った信頼できる企業や商 店を応援し、地縁を大切にしながら生きよう」という意識が広がっているのだ。

 ヤング&ルビカムの幹部として長年にわたり社会の変化や消費行動を分析してきたジョン・ガーズマの知見と、ピューリッツアー賞受賞歴を持つジャーナリス ト、マイケル・ダントニオの取材力・筆力が結びついて生まれた本書は、危機後における個人の生き方、企業のブランディングやマーケティング**、両方の指 針になる内容で溢れている。

筆者たちは全米の特色ある8地域を自分の足で訪れ、逆境の中でもたくましく生きる人々に会って話を聞き、現地の鼓動を活き活きと伝えるルポルタージュにま とめあげた。取材に訪れた先は、「斜陽のアメリカ」の代名詞のようなミシガン州デトロイト、不動産バブルとその崩壊を象徴するフロリダ州タンパなど、再生 が待ったなしの地域が少なくない。以下、デトロイトに関する内容を少し紹介したい。

 かつて自動車産業の聖地として全米でも有 数の繁栄を誇ったデトロイトは、海外メーカーの攻勢を受けて長期低落傾向を辿っていたうえに、大不況によるダメ 押しに遭っていた。不動産価格は崩落し、失業率は30%に迫り、人口は最盛期の半分を割り込んだ。工場や商用ビルは廃墟となり、住宅街はほとんど生気がな い。

 しかし、不況によって最も打撃を受け、不毛の烙印を押されたはずのこの地には、不屈の精神が息づいていた。デトロイトを愛し、ここに骨を埋める覚悟で再 生に尽す人々がいるのだ。

 寂れてしまった街で心なごむ集いの場とおいしい食事を提供するカフェのオーナー。平穏に暮らせる町づくりの新規ビジネスを支援する市民団体。人口減に よって生まれた広大な空き地を活かして近隣の食を豊かにするために、都市型農業の可能性を探る人々。直流による高効率発電の実用化を目指す起業家。彼ら は、郊外に移らず市の中心部近くで暮らすことにより、地元社会と深くかかわっている。地元民に奉仕するビジネスを創造して近隣に賑わいを取り戻したいと願 い、ささやかながらも雇用を生み出している。

 こうした人々は自治体や政治家が何とかしてくれるのを待ってはいない。2010年初め、10人の若者がデトロイトとの強い絆を決して絶やすまいと意思表 明して12項目からなる「デトロイト宣言」をまとめ、「今より偉大で健全で活気に満ちた、都会的で暮しやすいデトロイト」を築こうと訴えた。彼らは、着想 をイノベーションへと昇華させる実り多い土地柄、温もり、思いやり、つながりに支えられたコミュニティの実現を信じている。

 ここはアメリカの新たなるフロンティアなのだ。

この第1章『「どん底」というフロンティア: ミシガン州デトロイト』の全文を5月11日から<プレジデント・オンライン>http: //str.president.co.jp/str/で 無償公開します。お読みいただければ幸いです。

*邦題および刊行時期は変更の可能性があります。
**ブランディングなどの視点に立った本書の読み方については、5月末から〈プレジデントロイター〉http: //president.jp.reuters.com/で電通ヤング・アンド・ルビカム株式会社の戸川正憲氏(I.M.C.クリエーション フォース、シニアディレクター)による連載が始まります。ぜひ併せてお読みください。
(2011年5月号)