翻訳とは何か―研究としての翻訳(その10)
河原清志
翻訳における原文からの事態構成:Lexical Grammar
 
翻訳において正確な原文理解は不可欠だが、それをいざ指導するとなると一筋縄ではいかないことが多い。英日翻訳であれば、英語を英語で理解したものを日本 語で表現すればよい、と言ってみても、「英語を英語で理解する」とは一体どういう言語的営為なのかについて、言語学や英語教育学が正面から答えていないの であれば、翻訳教育にその知見を導入することはできない。
そこで、本稿では筆者が理論的基盤にしているひとつである多義語に関するコア理論を英文法理論に応用したLexical Grammar(語彙文法;以下LGと表記)註1を紹介し、語彙の意味に立脚して「英語を英語で理解」しながら事態構成を行うプロセスを説明し、翻訳教育 へと展開する手順を示したい。

翻訳とは何か―等価構築行為としての翻訳
 翻訳とは等価を構築し実現する営為である。より精確には、訳者が原文から意味を構築(事態構成)した表象と等価であると看做した訳文を作成することによ り「等価」を主体的かつ選択的に実現する営為であることは、以前の論稿で論じてきた。逆に言うならば、結果として訳出された翻訳物は、等価構築行為の産物 であって、訳者の心的表象を反映しているものとして、等価表象の手がかりともなりうる(なお、Toury 1995)。
 このことを認知言語学の立場から論ずるならば、「言語表現を、認知主体から独立した自立的な記号系としてとらえるのではなく、外部世界の主体的な解釈の 直接的な反映としてダイナミックにとらえていく」(山梨 2000, p. 11)、つまり、人が(言語表現も含めた)外界をどう捉え、それをどのように言語化しながら意味を紡ぎだしているかに関するメカニズムを解明し、日常言語 の表現を、主体が外部世界を解釈していく認知プロセスの反映として規定してゆく、という立場からするならば、翻訳における訳出物も主体的な等価構築プロセ スを反映したものであるということができる。
 ところが、一般論としてこのように言えたとしても、翻訳を指導する場面においては、原文と訳文をパラレルに用意し、この訳文が「等価」表現の1つの候補 であると提示しても、学習者に了解してもらうことはなかなか難しい。それは、訳者自身が、なぜそのように訳せるのかについて意識的に説明できないことも理 由のひとつであろう(翻訳作業は自動化しているため、訳者にとって意識的な説明は困難であろう)。やはり、(1)どのようなプロセスを経てそのような心的 表象を得、(2)その表象を基にどのように訳文を産出するのかについて、明示的な説明が必要となる。そこで、(1)原文理解のプロセスを説明するひとつの 手段として、このLGを導入する、というのが本稿の趣旨である。

Lexical Grammar(語彙文法論)
 LGは元々、<語彙>に着目して<文法>を捉えなおそうという試みである。文法に意味を回復する理論である、と言ってもよい。その背後には、とかく無味 乾燥だと思われがちな従来の文法に、生き生きとした意味の息吹をもたらそうという発想がある。
 このLGを全面的に体系化したものに、佐藤芳明・田中茂範『レキシカル・グラマーへの招待』(開拓社)がある。慶応大学の田中教授のもとで、佐藤氏と筆 者は教育英文法としてLGの開発をともに行ってきた。英語教育から英文法理論を再編したと言ってもよい。

レキシカル・グラマーは、語彙の観点から文法を捉える試みである。have、be、 give、a、the、in、on、can、will、what、which、if、to、thatなどは文法項目と関係する語彙であり、見方を変える と、これらの語彙のそれぞれに文法的情報が内在しているということになる。[...]理論的前提としては、認知言語学のスタンスが重要な示唆を与える。と りわけ、言語は人間の世界の捉え方を反映しているがため、言語には意味的動機づけがあるという見解は極めて重要である。こうした理論を背景にするレキシカ ル・グラマーは、語彙的な意味と構文的可能性に着目する文法であり、語彙的な意味が構文の多様性に一貫性を持たせようとするところにその最大の特徴があ る。語彙的な意味のことを「コア(lexical core meaning)」と呼ぶが、コアと構文的可能性の相互関係に着目するのがレキシカル・グラマーの特徴である。
(佐藤・田中 2009, p. 11)

 ここに出てくる認知言語学のスタンスはその特徴として、@「心的表象」(mental representation)とA「情報処理」(information processing)の2つを挙げることができ(ARCLE編集委員会 2005, p. 192)、この@を正面から語彙のレベルで研究したのが多義語の意味構造の研究であり、この「コア理論」は認知的スタンスに立脚した単義説ということがで きる。Aに関しては田中教授は「チャンク」という理論装置を導入して、プロセス文法を提唱し註2、かつて我々3名で『チャンク英文法』(コスモピア)を上 梓した。そこで、本稿でも、@コア理論、Aチャンク、という理論を用いて、説明を試みたい。

* * *

文法に意味の息吹を!―LGの活かし方(1)
 まずは、翻訳とは直接関係ないかもしれないが、田中・佐藤・河原で2007年度に1年間連載をした雑誌『英語教育』(大修館)で筆者が担当した2007 年9月号の論稿を一部加筆・修正して掲げる。英語教育の「実践指導例」として、BE・HAVE動詞、および、準動詞を取り上げて、教育現場でそのまま使え る応用例を示している。

BEとHAVEから出発!
 英語を習い始めて1ヶ月もしない間に登場するのが、このBEとHAVE。超基本語でありながら、なかなか奥の深いことばである。まずはコアから確認して おこう。コアの解説と図は『Eゲイト英和辞典』参照。

beとhave

Aはbeやhaveの主語を表している。そしてBはbeやhaveのあとに続く部分で、ここに多様な文法形式が来ることで、豊かな文法表現が生まれる。ま ずは通常の動詞としての典型的な使い方を確認しよう。

beとhaveの典型的な使い方

 少し確認しておこう。BEのコアは「何かがどこかにある」で、BEの後ろに副詞や前置詞句が来る場合は<ニアル>、名詞や形容詞が来る場合は<デアル> というふうにBEの意味をとらえるとわかりやすい註3。また、HAVEのコアは「何かを自分のところに持つ」で、何かを所有して持つ場合と、経験して持つ 場合がある。母親が赤ちゃんに対して、I’m happy I have you.(生まれてくれて嬉しいわ)という場合は、所有とも経験とも明瞭に分けられないが、youと一緒にいる状況をhaveしているというふうに、コア から考えればわかるだろう。

BEとHAVEの構文ネットワーク
今度はBの部分に来る準動詞を見てみよう。
beとhave]

改めて考えてみると、BEやHAVEは、上記のように準動詞との組み合わせによって構文の可能性が広がるのだ。be to doは「これから〜する予定だ」、be doingは「現に〜している」、be doneは「すでに〜されている」、have toは「これから〜しなければならない」、have doneは「すでに〜してしまっている」、have been doingは「ずっと〜してきている」という意味合いである。では、ここで準動詞についてまとめておこう。

準動詞の意味と構文ネットワーク
 準動詞というと、to do(不定詞)、doing(現在分詞・動名詞)、done(過去分詞)のことをいう。do(原形)もあわせて、これらのコアを確認しておこう。

to do


 まず、それぞれの基本的な意味であるが、具体例で考えてみよう。ファストフードレストランで、For here or to go?という時のto goは<これから>持ち帰るという未来志向的な状況を表している。また、野球の実況中継で、Going, going, going, gone!という時のgoingは、球が<現に>飛ん<でいる>進行状態、goneは球が客席に<すでに>入って<しまった>完了状態を表している。さら にGo!だと、<まだ行われていない>行くという動作を聞き手に差し向けることで命令を表すことになる。
ここで、動詞の見方を変えるために、アスペスト(aspect)という聞きなれない用語を紹介しよう。aspectとは「局面、側面」という意味で、動作 や状態の多様な様態を表す概念だ。つまり、動詞のもつプロセスのどの側面にフォーカスを当てるかで、「進行」(現にしている)、「完了」(すでにしてし まった)、「単純」(単に、する)という3つの側面があると考えてよいだろう。be doingが「進行形」、have doneが「完了形」を表しているのは、「進行」や「完了」のアスペクトが反映されているからであり、これを特に「進行アスペクト」「完了アスペクト」と 呼ぶ(have been doingの組み合わせは「完了進行アスペスト」と呼ぶ)。また、原形(do)自体は、どの時間の出来事を語っているかは言い表さないが、現在形 (do/does)を使うと<今、ここ>で現在や未来について語り、過去形(did)を使うと<今、ここ>で過去を回想して語る、というのが英語の時制 (tense)のシステムである。そして、動詞をdoingやdoneの形にせず現在形や過去形にする場合を「単純アスペクト」と呼ぶ。

現在・単純形 He makes a funny joke.
現在・進行形 He is making a funny joke.
現在・完了形 He has made a funny joke.
過去・単純形 He made a funny joke.
過去・進行形 He was making a funny joke.
過去・完了形 He had made a funny joke.
現在・完了進行形 He has been making a funny joke.
原形(命令表現) Make a funny joke.

このようにBEとHAVEをdoingやdoneと組み合わせることで、時制とアスペクトを広げて豊かな文法表現できるのだ。

BEとHAVEの違い
 では、be + to doとhave + to do、be + doneとhave + doneの違いを見てみよう。

beとhave]


 A be to doもA be doneもいずれも「Aがある状況に<アル>」ことを表している。to doが続くと<これから〜する状況にアル>、doneが続くと<すでに〜された状況にアル>となる。
 これに対して、A have to doやA have doneは「Aがある状況を<持ッテイル>」ことを表している。to doが続くと<これから〜する状況を持ッテイル>、doneが続くと<すでに〜した状況を持ッテイル>となる。
 BEはある状況に存在していること、つまり結果に力点が、HAVEはある状況を主体的に所有していること、つまり動作に力点があるため、be to doは客観的な予定や義務を表すのに対し、have to doは主語の持つ予定や義務を表すという違いがある。また、be doneは主語以外の人・物による動作の完了状態にあることから「〜されている」という受け身を表し、have doneは主語による動作の完了状態を所有していることから「〜してしまっている」という完了を表すという違いが基本的にある。
 例えば、You are to close the door.は客観的に規則で「締めることになっている」、You have to close the door.は主観的に寒いと思うから「締めないといけない」という使用状況の違いがあると考えられる。また、This cup is broken.は誰かが壊した状況にあるから「カップが壊れている」、You have broken the cupは君が壊した状況を持っているから「君がカップを壊してしまっている」という意味合いになる。
 では、Winter is gone and spring has come.はどうだろうか。これも同様に考えてbeは結果重視、haveは動作重視ととらえると、冬が行ってしまった結果になっていて、春がちょうどやっ て来る動作をしたところだ、と考えるとイメージがつかめるだろう。決して、Winter has gone and spring is come.とはならないのだ。

HAVEの構文可能性の広がり
 上述のように、beの状態性に比べてhaveは主語の動作性・主体性が強いことから、以下のような構文の可能性の広がりがある。

have
 have C doは、Cが〜する状況を持つことから「Cに〜させる、してもらう」、have C doingはCが〜している状況をもつことから「Cに〜していてもらう、させておく」、have C doneは、Cが〜されてしまっている状況を持つことから「Cを〜される、Cを〜してもらう」という意味合いになる。
 このように、haveのあとに[C+do / doing / done]という組み合わせが可能なのは、主語が主体的に[C+do / doing / done]という出来事を<持ツ>ことが可能だからであって、beにはこのような構文の可能性が広がらないことは、beのもつ状態性から理解できるだろ う。このように、構文と動詞の意味が密接に関連していることが、≪コア≫の発想から見えてくる。

組み合わせでわかる英文法
 従来は様々な構文の個々の要素の意味を考慮することなく、構文を一つの形としてそれぞれの意味を暗記項目として教えてきた。ところが、<語>や<語形> の≪意味≫を重視するLGの発想に立って構文を再検討してみると、構文を構成する<語>や<語形>の≪コア≫から様々な文法現象が統一的に理解できること がおわかりいただけたと思う。このような発想に立って、文法の理解を促進した上で、文法項目のそれぞれの意味をイメージしながら、様々な文脈の中に出てく る用例を紹介し、英文の≪意味≫を考える作業を教えていただければ幸いである。

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文法に意味の息吹を!―LGの活かし方(2)
続いて、これも翻訳とは直接関係ないかもしれないが、『英語教育』(大修館)の同連載で筆者が担当した2008年2月号の論稿を一部加筆・修正して掲げ る。ここでは、動詞の〜ing形について、『高校英語T』の指導例を紹介している。動詞の〜ing形と言えば、真っ先に「進行形」を想起するのではないだ ろうか。そこでまずは、〜ing形のコアから進行形のさまざまな意味のつながりを確認しておこう。

動詞の〜ing形のコア:<観察可能な動作進行>「現に〜している(すること)」

進行形の様々な意味
 進行形は、典型的にはある動作が進行中であることを表す。具体的には、

▶Hey look! The baby chick is breaking the egg. (見てごらん。ひよこが殻を割っているよ)

という例でわかるように、

@ 何か動き・変化が(今・ここで)観察でき、
A 何かが現に起こっていて(当面の一時的状態である)、
B 何かが連続的でまだ完結しておらず、途中である

という特徴がある。通常状態を表す live(住んでいる)、be(〜である)といった動詞も、進行形にすると一時的な状態を表す表現(上記A)になる。

▶My father lives in Tokyo with me, but now he is living in Osaka.(父は僕と東京に住んでいますが、今は大阪にいます)
▶My child is always noisy, but he is being a good boy right now.(うちの子はいつもうるさいのですが、今だけはいい子にしています)

また、進行形は「まだ続いている動き」を表すため、未完結な状態を表す表現(上記B)にもなる。

▶Don’t put the dishes away. I’m still eating.(お皿を片づけないで。まだ食べているんだから)

また、進行形は観察できる状態を描写するため(上記@)、リアルな感じが強くなり、情景を思い浮かべやすくなる。そこで、まだ実際には起こっていない事柄 でも、今から気持ちの上で進行していることを思い浮かべながら未来のことを語ることができる。

▶We are asking another lawyer for help soon.(すぐにでももう一人弁護士に手助けをお願いします)

さらに、進行形のリアルな感じが、感情を表す表現としても使われる。例えば、

▶He always eats a lot.

だと、「あの人はいつもたくさん食べる」で単に Heの習慣的な行為を説明して、彼の特徴を述べているだけだが、

▶He is always eating a lot.

だと、「あの人はいつもたくさん食べてばかりいる」というふうに、いつも食べている状況をリアルかつ鮮明に描写し、時には非難めいた感情まで表すこともで きる。
 最後に、次の例で単純形と進行形の違いがわかるだろう。

▶Every time I see her, she cries. (彼女に会うと、いつも彼女は泣いてしまいます)
▶Every time I see her, she is crying. (彼女に会うと、いつも彼女は泣いています)

『高校英語T』のパッセージ
では、田中・佐藤・河原が執筆している桐原書店『Pro-VisionT』という高校1年生用の文科省検定教科書からあるパッセージを引用し、動詞の 〜ing形の指導例を考えてみよう。これは、Audrey and Anneというタイトルの章の冒頭である。

In 1943, during World War U, Holland was under the control of Germany. In Arnhem, a town in Holland, a skinny girl was riding a bicycle. She was trying to act naturally, because she was carrying a secret message in her shoe. She was one of the messengers for the Resistance. Her name was Audrey. Later she played a lovely princess and became an actress known all over the world.

 文章の冒頭だけあって、読者の関心を引く描写力が感じられる。まず、主語としてHollandを立て、オランダに焦点をあてて読者の関心を引く。次にa skinny girlに焦点を当てる。極めて具体的な話からパッセージを始めることで、一般論で冷めた論調になりがちな戦争批判論とは違う、読者の関心の引き方が感じ られる。そして、She、さらに Sheを主語に立てることで、一体誰のことを言っているのだろうと読者の想像を駆り立てる。そしてついに、Her name was Audrey.とその正体を明かし、誰でもよく知っているオードリー・ヘップバーンだとわからせることで読者を完全にこのパッセージに引き込んでいる。さ らにsheの述部に追加情報を述べ、オードリーを知らない読者に対する丁寧な説明を施している。
 ここで、次のセンテンスを見てみよう。

▶a skinny girl was riding a bicycle.
▶She was trying to act naturally,
▶because she was carrying a secret message in her shoe.

いずれも過去進行形によって過去のある場面を鮮明に、かつ具体的に描いているのだ(前項@A)。普通、過去進行形と言えば、「〜していた」と訳して終わ り、となってしまいがちだが、ここで過去進行形が使われている効果を考えてみよう。<観察可能な動作進行>が〜ing形のコアであることからすると、まさ に戦争中の一場面の中のオードリーの姿がこのriding、trying、carryingという語形によって目に浮かぶ。しかも、「1943年→戦争中 →オランダ→アルンヘム→少女」というズームイン方式で具体的な状況を絞り込んだ上で過去進行形を使用して、悲惨な戦争の情景や人々が感じていた辛苦を豊 かに表現するというのがこの文章の特徴である。このように、ある文法項目に着目し、その意味が一体どういう状況を語っているのかを具体的かつ鮮明に情景を 頭に思い描きながら説明すると、文法項目の意味が生き生きと伝わり、学習者がその項目を自分のものとしてつかむことができるようになるだろう。

動詞の〜ing形の他の用法
では、同じレッスンの別の箇所を引用してみよう。オードリーが、ある映画でアンネの役を演じるよう依頼を受け、自分の戦争中の体験を思い出し、断ってし まったときの一節である。

Anne Frank never knew about Audrey Hepburn, but Audrey learned about Anne by reading her diary published after the war.  “Reading her diary was like reading about my own life,” said Audrey.

▶ “Reading her diary was like reading about my own life,”

と、ここでも〜ingが使われているが、これは文法的には「動名詞」である。ところが、ここでも〜ingのコアは十分に生きているのだ。実際にオードリー がアンネの日記を読んでみると、あたかも自分の人生について読んでいるような気がした、というもので、オードリーが実際にアンネの日記を読んでいる情景が 鮮明に伝わってくる。
この動名詞の用法は、例えば、reading and writing skills(読み書き能力)といったように前々項の@の 意味が完全に概念化したものもあれば、ここの用例のように〜ingの動きが感じられるものまで、意味に幅があることも付け加えておきたい。
 その他、〜ing形が使われている箇所をこのレッスンから引用してみよう。

▶She traveled through many countries to help children suffering from war and hunger.  
▶One day, Audrey met a 14-year-old boy suffering from illness in a refugee camp in Sudan, Africa.
▶I think she is happy that today her words give comfort to so many children having a hard time.

文法的にはこれらは「現在分詞の後置修飾用法」となる。しかし、〜ing形のもつ情景描写力に鑑み、children suffering from war and hunger、a 14-year-old boy suffering from illness in a refugee camp、so many children having a hard timeという表現が、人間のどのような悲惨な状況や幸せな場面を具体的に語っているかも、教科書指導を通して是非説明して頂ければ、執筆冥利に尽きると 言っても過言ではない。

文法の意味から状況の意味の構成へ!
最後に、このレッスンの最終段落の冒頭を紹介したい。「人間」という表現の背後にある文法性から、英語における「人間」像が見えるだろう。

Although Anne had a hard time, she always kept her respect for human beings and her hope for peace.

このhuman beingという表現。このbeingは現前と存在をしている、という動作からその動作主へと対象をずらすことによって「存在・生存・実在・生命・生き 物」を表す語として使われる。これは、beと〜ingを融合することで、「まさに今・ここで存在している」という意味合いがあり、単に目の前にいる presence、際立ってあるというexistence、実体として存在しているというentityとは違い、動きが鮮明に感じられるダイナミックな ニュアンスのある言葉である。それにhumanをつけることによって、human beingは人間として今まさにここに生きている、その主体としての人、脈打つ生命を持った存在としての人、ということを表す表現になる。そういう存在で ある<人間>に対し、アンネが常に敬意を表し、平和を願ったことが読み取れる。
 〜ingという一つの文法項目から、様々な状況や人間模様を読み取る面白さ、楽しさを是非伝えて頂きたい。その際、本稿で示したように、一つの項目を取 り上げてそれが使われているセンテンスを列挙して比較したり、前後の文脈とのつながりを分析してそのことばのもつ効果を味わったりするのも、有効だろう。

* * *

文法に意味の息吹を!―LGの活かし方(3)
最後に、翻訳における原文理解と訳出の関係にも言及してある、『英語教育』(大修館)の同連載で筆者が担当した2008年1月号の論稿を一部加筆・修正し て掲げる。ここでは、実践指導例として文科省検定教科書『高校英語T』を使って、1つ1つの<語彙>の意味を大切に感じ取りながら、リーディングの実践指 導のやり方を説明している。素材は、「ことばが世界を変える」と副題をつけたい、12歳の少女による地球サミットでのスピーチである(本原稿では、原文を 引用)。

英語を英語で考えるとは?
 「英語を英語で考える指導」とは何かについて議論されることもあるだろうが、端的に言うと、英語から直接事態構成ができる指導をすることである。例えば

You have a good sense of what is going on.

という英文を、従来の英文和訳式で読み解くと、「あなたは何が起きているかについてのよい感覚を持っている。」となり、直訳ではいかにも違和感があるの で、「あなたは何が起きているかについてよく感じ取っている。」と意訳せよ、という指導がなされているのが大方のやり方であろう。ところが考えてみるとこ の指導のプロセスは<英語→直訳(→意訳)→意味>という手順を踏んでおり、本来あるべき<英語→意味>というストレートな回路を和訳という作業が阻害し ている。では、LGではどうだろうか。

You:「(今ここにいる)聞き手/(今ここで読んでいる)読み手」
have:「(今)(何かを自分のところに)持つ」
a:「複数あるものから1つ取り出す」機能
good:「評価が高い」(悪くないから完璧まで)
sense:「ピンとくる感覚」
of:「切っても切れない関係」の表示機能
what:「何かわからないものを問う/漠然と示す」機能
is:「(今)(何かがどこかに)ある」
go:「(視点のあるところから)離れていく」
〜ing:「(何かを)している」=進行アスペクト
on:「接触関係」の表示機能→(時間的)継続

ここに示したのがコア(語の中核的意味)で、話し手・書き手はことばを紡ぎ出すことによって、これらを融合して豊かな意味世界を表出できる、というのが LGの基盤になっているコア理論の発想である。読み手からすると、このセンテンスは

You〔今ここでこれを読んでいる読み手の皆さんは〕→have〔自分の所有・経験空 間に持っている〕→a good sense〔鋭くピンと来る感覚を(1つの行為として)〕→of〔ピンと来る感覚の対象は?〕→what is〔漠然と何かがある〕→going on〔継続してずっと進行している〕

つまり、「読者の皆さんは世の中で何が起きているか鋭くピンと来ていますね」とか、「皆さんは状況をよく把握していらっしゃいます」などという訳出が可能 になる。これは、1語1語のコアを融合させることで頭の中で意味が構成され、それを読者を想定した発言として文脈に適応させて自由に訳出した結果得られた 訳文であって、あくまでも<英語→意味→訳出>という手順を踏んでいることに注意したい。このように、和訳は本来、英語から直接頭の中で事態構成ができて いれば文脈に合わせて自由に作れるものであり、英語教育を行う文脈の中でも、あくまでも事態構成が的確にできているか確認する補助手段として使ってゆくこ とが、英語を英語で考える指導になると言える。

英語を英語で英語の発想順で考える!
 では、教科書の実例を検討してみよう。カナダ出身の12歳のSevern Suzukiさんが1992年開催のリオデジャネイロでの国連地球サミットで、世界各国のリーダーを前に6分間のスピーチを堂々と行ったものからの引用で ある(桐原書店『PRO-VISIONT』8課参照)。

I used to go fishing in Vancouver, my home, with my dad until just a few years ago we found the fish full of cancers. And now we hear of animals and plants going extinct every day, vanishing forever.

故郷バンクーバーで昔よく父と魚釣りに行っていたが、数年前に魚がガンに侵されているのを目の当たりにした、という第1文に続く第2文を検討してみよう。 まずは特筆すべきコアを先に解説しておこう。

hear:「(耳が機能して声や音が)聞こえる」
of:「切っても切れない関係」=出所と帰属
go:「(視点のあるところから)離れていく」→結果に焦点を当てると、「(離れた結果〜の状態)になる」

hear ofは、ofがhearの対象である音や声の出所を表し、hear ofで「〜のことを聞く、噂で聞く」という意味合い、またgo extinctは、「(事態が進行した結果)絶滅の状態になる」という意味合いとなる。
では、実際のスピーチに現われている音声上の切れ目を基に意味のまとまり(チャンク)で区切ってみよう。

And now / we hear of animals and plants / going extinct / every day, / vanishing forever.

これを基に、今度は従来のスラッシュ・リーディングやフレーズ・リーディングの手法で訳を施してみよう。

And now (そして今)/ we hear of animals and plants(私たちは動植物のことを耳にする)/ going extinct(絶滅している)/ every day,(毎日)/ vanishing forever.(永久に消えている)

ご覧の通り、この手法は、ややブツ切り的な日本語をチャンクごとに当てている。順送りに意味を取って順送り理解を促そうとしている点は、言語の本来の処理 のあり方を反映していて優れている。しかしこの手法には順送り理解を支える文法観がなく、本質的に従来の枠組みを出ない。ところが、LGを導入すること で、チャンクごとの意味の構築の仕方が見えてくる。では、〔 〕内に意味構築のやり方を具体的に示してみよう。

And now / そして今〔副詞が来た。数年前に魚がガンで侵されていることに加えて何がどういう状況か?S+V〜と来るはず〕
we hear of animals and plants / 私たちは動植物のことを耳にする〔動植物がどうだというのだろうか?魚と同じ状況だろうか?〕
going extinct / 絶滅している〔まさに絶滅へと進行している状況。〜ingの形式によって、眼前に動植物が死に絶えて行っている様子が鮮明にイメージされる〕
every day, / 毎日〔まさに毎日絶滅して行っている、という強調の意味が込められている〕
vanishing forever.永久に消えている〔同じ意味内容を同じ〜ing形を使って繰り返すことで、畳み掛けるように強調している〕

ここでSevernさんの主張を鮮明に読み解く鍵は、〜ingという形式である。つまり、動植物のことをよく耳にするが、それはまさに状況が悪化して extinctへとgoingしている姿、しかもevery day毎日のように様々な種が死に絶えている姿、さらにvanishing forever永久に消えていってもう戻ってこない姿を描いているのだ。
 ところが、構造分析が主眼になりがちの従来の文法だと、前置詞ofがあるのでgoingはanimals and plantsを意味上の主語とする動名詞ではないか、いや、goingは後置修飾の現在分詞ではないか、いやいや、hear ofを1つの知覚動詞と考えてgoingは目的格補語としての現在分詞ではないか、、、などという用法峻別に関心が行き、goingのもつ「意味」をなお ざりにしてしまいがちだ。
 しかし、LGの発想だと、〜ingは「状態を示す分詞であれ名詞概念を示す動名詞であれ、<何かをしている>というイメージでつながっている」と捉え、 用法峻別を行わなくともストレートに英語から事態が構成できる。しかも、チャンクの発想と融合することで、Severnさんの発想順で意味を構築するた め、彼女の息遣いや力の入れどころを彼女が発した英語そのものから直接鮮明に感じることができる。

12歳の少女のスピーチの息遣い
 では、先ほど検討した箇所の直前を見てみよう。

I am here to speak for all generations to come. I am here to speak on behalf of the starving children around the world whose cries go unheard. I am here to speak for the countless animals dying across this planet because they have nowhere left to go.

 特筆すべきコアを記すと、

to:「向き合った関係」の表示機能→(不定詞)未来志向
for:「対象に向かって指差す関係」の表示機能

では、LGで読み解いてみよう。

I am here〔私がここ(サミットの議場)にいる〕状況と相対して to speak〔これから話をする〕、それは for all generations〔すべての世代の人たちのことを指差して考えながら〕、それは to come〔今後生を受けて世に来るべき人たちなのです〕

順送りで意味を捉えることで、Severnさんの息遣いが感じられるだろう。では、次のセンテンス。

I am here to speak〔私がここでこれから話をするのは〕 on behalf of the starving children〔今まさに飢えていっている子どもたちの代わりなのです〕 around the world〔世界のいたるところにそういう子どもたちがいます〕、そして whose cries〔その子どもたちの叫び声は〕 go unheard〔誰にも聞かれないままただ声だけがどこかへ離れて行っているのです〕

I am here to speakの反復によって、次に述べる箇所が焦点化されて強調されている語りの力もよく読み取れる。では、次のセンテンス。

I am here to speak〔私がここでこれから話をするのは〕 for the countless animals〔数え切れないほどの動物を指差して考えながら〕、それは dying across this planet〔この惑星の至るところで死んでいっているのです〕 because they have nowhere left〔理由は、動物にはどこも残されていないからです〕 to go〔これから行くための場所が〕

I am here to speakのさらなる反復によって、サミットの議場の演壇に立っている自分の存在を前面に出しつつ、その目的が来るべき世代の人たち、飢えている子ども、 そして死に絶えている動物たちの代弁なのだ、という態度を議場にいる大人たちに堂々と主張している姿が大変鮮明に読み取れる。
 もうここまで来た段階では、generations to comeの不定詞は形容詞用法でto comeをgenerationに訳し上げていくとか、「go unheard=無視される」と丸暗記するとか、nowhere left to goのleftは過去分詞で後置修飾をしていて、これとto goという形容詞用法の不定詞とどちらを先に訳すか迷ったりする、などといったやや迂遠なプロセスを飛ばして、英語からストレートに意味を構築できるだろ う。

ことばの意味の捉え方が変わる
従来、リーディング指導で順送り理解を促すために、スラッシュ・リーディングとかフレーズ・リーディングといった指導法が考案されてきた。しかし、これと 文法指導とを直結する本格的な文法理論(直読直解に資する文法理論)が欠如した形で指導がなされているのが現状であろう。これはリスニング指導についても 同じである。
今回は、文法のもつ意味を考える上で、用法峻別ではなく、1語1語の<意味>を丁寧に感じ取ることを大切にしながら、「ことばが世界を変える」スピーチの 息遣いを一緒に考えてきた。文法の意味を一つ一つ大切に考えることで、直読直解も可能になる。このLGが、「ことばの意味の世界が生きたものへと変わる」 契機になれば幸いである。

* * *

まとめ―翻訳指導におけるLGの活かし方
 繰り返しになるが、このLGは語彙の意味に着目をして英文法理論に意味を復権させることが特徴である。原文である英語の解釈に当たり、英文の文法構造は 解明できたが、意味がピンと来ない、という事態を避けるためには、語彙の意味に立脚した事態構成ができる文法の理論的枠組みが必要であり、かつ、その枠組 みに準拠した翻訳指導の方法論も必要になってくる。従来の学校文法・伝統文法の枠組みで思考している(と自認している)一般の英語使用者や翻訳者であって も、認知的スタンスからその意味処理を明示的に考察すると、本稿のように説明が可能になるのである。したがって、この枠組みに依拠した、翻訳指導における 原文からの事態構成の方法を理論化することが必要だと筆者は考えている(註2参照)。
 本稿で取り上げた事例は、be、have、動詞〜ing形、不定詞、過去分詞などで、LGが扱う文法項目のごく一部である。LGや、その母体であるコア 理論に関して、今後も「通訳通信」で取り上げながら、翻訳プロセスないし翻訳行為の解明を行いつつ、それを翻訳指導にいかに応用すべきかについて、考えて ゆきたい。


1)Lexial Grammarはハリデイが導入したlexico-grammarとは異なる(Halliday & Matthiessen 2004, pp. 43-46)。選択体系機能言語学では、本稿で取り上げた趣旨の(認知意味論に依拠した)語彙意味論から編成した語彙文法論は展開されていない。
2)認知的スタンスを推し進めるならば、@「心的表象」(mental representation)とA「情報処理」(information processing)の2つを本格的に融合する必要があり、意味構造論としてのコア理論が、現実の言語処理の中でどのような姿で原理的に働いているのか を詳らかにする必要があるはずである。そこで筆者は、Aを言語処理理論に組み入れた「オンライン処理」(河原 2008)に基づいた「オンライン英文法」を考案中である。これは、実際の言語処理においても、メンタル・レキシコンに格納されている意味記憶の実相に照 らしても、多義語は多義的に処理(翻訳においては水平的処理)されることが多いことを正面から受け止めて理論化を試みるものである。
3)この点、深谷・田中(1996)は、木田元(1990)の「事実存在」と「本質存在」という概念を導入している(深谷・田中 1996, p. 313)。「Xが存在する」という場合、前者を「Xがある」、後者を「Xである」とする。

参考文献
ARCLE編集委員会(編著)(2005)『ECF:幼児がら成人まで一貫した英語教育のための枠組み』リーベル出版
深谷昌弘・田中茂範(1996)『コトバの<意味づけ論>』紀伊国屋書店
原口庄輔・田中茂範・武田修一・河原清志ほか(2006)『PRO-VISION高校英語T』桐原書店
河原清志(2008)「言語のオンライン処理と語彙・構文のプロセス意味論−英語基本動詞の事例研究」『異文化コミュニケーション論集』第6号, 立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科(編)(pp. 121-134)
木田元(1990)『ハイデッガーの思想』岩波新書
佐藤芳明・河原清志・田中茂範(2007-2008)「コア理論で文法指導:レキシカル・グラマーへの誘い」『英語教育』大修館、2007年4月 〜2008年3月に毎月連載
佐藤芳明・田中茂範(2009)『レキシカル・グラマーへの招待』開拓社
田中茂範・佐藤芳明・阿部一(2006)『英語感覚が身につく実践的指導 コアとチャンクの活用法』大修館書店
田中茂範・佐藤芳明・河原清志(2003)『チャンク英文法』(コスモピア)
田中茂範・武田修一・川出才紀(編)(2003)『Eゲイト英和辞典』ベネッセコーポレーション
Toury, G. (1995). Descriptive translation studies and beyond. Amsterdam: John Benjamins.